日曜日から『ゾクチェン・アティ』のリトリートが始まりました。
先日まで行われた『シャンシュン・ニェンギュ』のリトリートは3週間。
今行われている『アティ』のリトリートは1週間と短めのスケジュール。
去年8月の同時期に行われた『ギャルワ・ギャクティ』にくらべ、
予想より多数の参加者が集まりました。
新しい参加者が目立ち、約80人あまり。
ホールの中もゆったりしていて、どこか余裕を感じさせる毎日です。
私がシェンテンにやって来た一番の目的はリンポチェの法話。
ゾクチェンの見解を分かったつもりでいるのは誤りのもと。
貴重な教えに接する機会は逃したくないもの。
人生は無常で、次にいつラマに会えるのか不確実だからです。
もうひとつの理由は私が翻訳している経典のチェックと質問。
チベット語経典は一筋縄にはいかない。
なかなか手強い相手。
しかも辞書も完璧に程遠く、意味が分からない単語が多数あります。
ラマやゲシェに会える時に質問しておくのです。
今年そのお手伝いをしてくれたのはゲシェ・ゲレック。
知識・経験・人格を備えた若手先生です。
毎日午後2:00に経典を収めた図書館で待ち合わせ、
主に『ゾクチェン・アティ』の経典について質問しました。
その時彼が話してくれたお話です。
まだゲシェになる前、チベットにいた彼のお父さんが危篤に落ちいりました。
ラマに暇乞いし、一旦学業を中断し帰郷。
看護の甲斐なくお父さんは他界。
失意の中ゲレックはティテン・ノルブッツェ僧院に戻ってきました。
リンポチェにご挨拶に伺ったところ、張りつめていた糸が切れ、
泣き出してしまったそうです。
その時リンポチェが仰った言葉は、
「20年近くお前はいったいなにを勉強してきたんだい?」。
生れた人は必ず死にゆく定めです。
ブッダですら人生の最期を迎えました。
自分だけは、自分の家族だけは死ぬことがないと言うのは誤りだと、
ダルマは常に説いています。
綺麗ごとを並べ美しい幻想で誤魔化すよりも、
永遠に変わらない事実を説くことこが真の癒しになる。
彼の話からそんな感想を持ちました。